
- なぜ、人事も「アジャイル」なのか?
- 人事の業務を可視化して協働関係をつくる
- 形や方法論から入らず、よりよい状態を模索する
- アジャイルの考え方は全ての正解としてとらえない方がいい
- 開発部門が人事と連携したいと思ったら、どうしたらいい?
- 大切なのは人事と開発がお互いに理解しようとする姿勢
- チームで成果を出す働き方を知る
人事と開発現場。どちらも「組織を良くしたい」という思いは同じはずなのに、なぜか歩み寄るきっかけがつかめない──そんな「すれ違い」を感じることはありませんか?
実は、人事が抱えがちな業務をチームで分かち合い、現場との距離を縮めるヒントが、アジャイル開発の考え方にありました。
本記事では、エンジニアと人事、両方の視点を持つ3名を招き、現場での試行錯誤や具体的な工夫を語り合いました。
見えてきたのは、「専門用語を使わずに話す」「まずは互いの困りごとを共有する」といった、すぐにでも始められるアプローチです。

なぜ、人事も「アジャイル」なのか?
── 一般的にアジャイルは「エンジニアのもの」というイメージが強いですが、人事とアジャイルの親和性について、皆さんの考えをお聞かせください。
岩瀬 アジャイルやスクラムの考え方は開発に限らず、良い仕事をするための方法論だと思っています。
例えば、スクラムの3本柱である「透明性」「検査」「適応」は、自分の仕事を可視化してふりかえり、情報を透明化することでチームや組織をうまく動かすという普遍的な考え方です。個人的にも実際に人事に持ち込んで、うまく機能した経験があります。
鈴木 私もまったく同感です。プロセス改善やチーム学習にもアジャイルは取り入れやすい考え方だと思います。
特に当社のように成長過程にある企業は、人事としても初めて取り組むことが多く、試行錯誤しながら細かく改善のサイクルを回していくアジャイルの考え方が有効です。
私たちの場合は、新しい制度や研修を導入する際、まずトライアルを行って、フィードバックをもとに修正して磨き込んでいくというやり方をよく実践しています。
ねこやなぎ 親和性が高いというのは、お二人と同じ意見です。ただ、相性は良いにもかかわらず、エンジニアが中心に学んでいるアジャイルコミュニティと、人事との接点はまだまだ少ない印象があります。
理由の一つは中心に置いている視点の違いです。アジャイルコミュニティに集まる方々は「自分たちのチームをどう良くするか」という目線で仕事をされていますが、人事は「会社全体をどう最適化するか」という視点で仕事をしがちです。この視点の違いが、両者の距離感を生んでいるのかもしれません。
人事の業務を可視化して協働関係をつくる
── 実際に人事領域でアジャイルが機能した例について詳しく教えてください。
ねこやなぎ 人事業務はとかく暗黙知になりがちです。アジャイルの考え方を取り入れることで、そうした業務の透明性を高められるメリットは大きいと感じています。
例えば、開発チームの採用活動を行う際、人事側にしか見えていない情報をもとに「対応してください」といきなり依頼されるのは、現場側からしてみればフラストレーションですよね。
前職での経験になりますが、私の場合は、採用活動のプロセスを細かく区切って「ここまでやれば第一段階達成」というように可視化したことで、人事と開発チームが一緒になって採用活動に取り組むことができたと思います。

── 暗黙知というのは、人事が「個人商店化」して業務を一人で抱え込むことが多いということでしょうか。
鈴木 プロダクト開発と違って、人事は同じチーム内でも各人が別のプロジェクトを担当していることが多く、ある人は研修プランを作り、別の人はオンボーディング設計を担当しているといった具合です。そのため、文脈の把握が難しくなり、孤独感を覚えることも多くなる。
そうやって一人で仕事を進めていると、業務を透明化しようというモチベーションも湧きにくいですよね……。
ですが、透明化しておくことでメンバー同士の動きを把握でき、成果物に対するレビューやアドバイス、フォローもできるようになります。その意味で、アジャイル開発の「型」をそのまま人事に持ち込むというよりも、人事の業務に合わせて「チームで協力し合うための仕組み」として取り入れることが大事だと思います。
岩瀬 人事の孤独は難しい問題ですよね。もちろん孤独感はない方がいいのですが、属人化することで仕事のスピードが速くなる側面もあります。
私が人事になって最初に取り組んだのは「カンバン」を作って業務を可視化することでした。その上で、特に重要な業務や、担当者がいなくなると止まってしまう業務については、「ペアワーク」を導入しました。
それ以外の業務については、あえて孤独なまま進めていいという割り切りをしていましたね。
ねこやなぎ なるほど。私がいたチームでは、採用からオンボーディングまで幅広い業務を担当していたのですが、完全にカンバン化するのではなく、そこから“こぼれ落ちるもの”を見える化することを意識していました。
特に重視したのは、リソースの逼迫度を共有することです。例えば、新卒採用と中途採用をセットで担当するなど、横断的な組み合わせを作り、忙しいメンバーがいれば他のメンバーがヘルプに入れるようにしていました。
ただ、岩瀬さんがおっしゃるようにペアワークが非効率になりがちな問題もあるので、業務によってはあえて一人でやったりもしていましたね。
── カンバンのようなアジャイル開発の手法を取り入れたことで、どのような効果がありましたか。
岩瀬 重要な業務を他の人と共有できるようになったことは大きかったですね。特に私の会社の人事は異動が数年ごとにあったので、一人に依存しない体制を作ることができました。
ねこやなぎ 人事のリソースが限られる中でも、残業を増やさずに守備範囲を広げることができました。メンバーの孤独感のケアもしやすくなったと感じます。
鈴木 定量的な効果を測定するのは難しいと思いますが、業務を可視化することで周囲からフィードバックをもらえるようになり、結果として一人では到底出せないようなものをチームで作り上げる「創発性」が高まったと感じます。
人事領域なら、研修コンテンツやオペレーション、受け入れのシナリオなど、さまざまな面でブラッシュアップされていく効果があると思います。
形や方法論から入らず、よりよい状態を模索する
── 鈴木さんは元EMとして現場もよくご存じですが、エンジニアが早期に戦力化するために、「フィードバックループ」などのアジャイルな仕組みをどう育成に取り入れていますか。
鈴木 私がEMをしていた頃、オンボーディングにフォーカスして何か特別なことはしていませんでした。私たちの開発チームはスクラムが基本で、フレームワークにチームで結果を出す仕組みが組み込まれています。リファインメントやプランニングでコンテキストを把握していくとか、新しいメンバーが入ったらふりかえりでチームとして機能させていくといったやり方です。
コミュニケーションの中でも学びの機会がたくさんありますし、ペアプログラミングを取り入れているチームもあります。チームが正しく機能していれば、育成も自然に機能するということが多かったです。
── チームが正しく機能するための環境づくりや組織づくりで工夫していることはありますか。
鈴木 まずは一つのチームとしてうまく機能することが基本ですが、そこからチーム同士でつながっていくことも重要だと考えています。
「ここで困っているけれど、そちらのチームはうまくやっているみたいだから教えてほしい」といった交流が広がると、そこから全体で学び合う文化が定着すると思うんです。これは人事部内でも意識していて、ふりかえりに部外の人を呼ぶことも珍しくありません。
岩瀬 ルールや形に縛られない良いアプローチですね。私も、無理にアジャイルを絡めるのではなく、結果的にアジャイルな状態になって価値が出ればいいと思っています。
── 最初に決めた計画通りに進めるのではなく、現場の反応を見て軌道修正した、と。その適応力こそが、まさにアジャイルなあり方だったということですね。
ねこやなぎ 私も、似たように現場の方に助けられた経験があります。人事だった頃にお世話になったスクラムマスターの方が、「スクラムは開発チームだけで閉じるのではなく、ビジネス側も含めた組織全体での連携が重要」と話していて、新卒社員にも早めにアジャイル開発のエッセンスを文化として取り入れようとしていました。
それもあって、全社的に「何かあればふりかえりをしよう」という文化が定着していたように思います。そのスクラムマスターには新卒育成の企画側に入ってもらって、プログラムを見直したりもしていましたね。
── エンジニアと人事の両方を経験されている鈴木さんは、こうした「現場からの積極的な関与」について、どう感じていらっしゃいますか。
鈴木 私自身の経験ですが、あるエンジニアがメンバーの育成やキャリア設計について考えていた際に、私に相談に来てくれたことがあります。「育成のセオリーを知りたい」ということだったのですが、私はそれがとてもうれしかったんですよね。
「Scrum Master Way」というコンセプトがあって、そこではスクラムマスターには3つのレベルがあるとされています。レベル1は「私のチーム」でチームを良くする。レベル2は「人間関係」で人間同士を良くする。レベル3は「システム全体」つまり会社全体を良くするというものなんです。
部署を越えて、人事からノウハウを吸収しようという姿勢は、まさにレベル3の話です。組織の壁がなくなった瞬間を感じた出来事でした。
アジャイルの考え方は全ての正解としてとらえない方がいい
── 現場との連携というポジティブな側面がある一方で、制度面では「構造的な壁」を感じることも少なくありません。よく、従来の人事評価は目標を決めて答え合わせをするウォーターフォール型だという指摘がありますが、評価制度とアジャイルの相性についてはどう考えますか。
鈴木 評価制度や報酬制度のように、改訂において「可逆性」が低いものにはとりあえずやってみようができない場面もあります。これらは、一度始めたら「やってみてダメだったから、やっぱりやめます」と簡単に巻き戻すことが難しいですからね。
運用においては、評価の目的は単に査定だけではなく、パフォーマンスを高めるための役割もあります。そこは適切なマネジメントができているかという話であって、評価制度自体をアジャイルとかウォーターフォールと無理に紐づけなくていいと思います。
ねこやなぎ 評価の運用に関しては同感です。問題なのは、目標が状況の変化に応じて見直されないことです。
例えば、設定された売上目標があって、大きく状況が変わったにもかかわらず、以前のままの目標で評価されるのはおかしいですよね。そこでしっかりコミュニケーションをとり、柔軟に対応できるなら、アジャイルだろうとそうでなかろうと適切な評価はできるはずだと思っています。
岩瀬 技術の進化の早い時代において、目標を変えない方がリスクが大きいと思います。ただ、人事評価のプロセスは重いですから、評価の調整(キャリブレーション)を毎月実施するのは現実的ではありません。
そこで、制度のような枠組み自体は長めのサイクルで設計し、変化への対応は運用でカバーするのがいいと思います。例えば、1on1で「このまま行くとこうなります」と期待値のすり合わせをすることで、1年後に突然サプライズを告げることもなくなるでしょう。
開発部門が人事と連携したいと思ったら、どうしたらいい?
── 人事部門が変わろうとするとき、ボトルネックになりやすい部分はどこだと思いますか。
鈴木 変わろうとしている時点で前向きな動きが発生しているので良いと思いますが、アジャイルは知らない人から見ると、とっつきにくいかもしれませんね。
人間は本能的に現状維持バイアスや損失回避バイアスがかかる生き物です。そこで大事なのはお互いに理解し合うこと。「分からないけどやってみよう」「1回やってみてダメだったら戻ればいい」という雰囲気を作ることが重要です。
岩瀬 特に人事特有のクローズドな文化はボトルネックになりやすい部分だと思います。本来、人事はもっと情報を出していいはずだと思っていて、私が人事部にいたときには、情報発信する文化の醸成に取り組んでいました。
とはいっても変化に対して慎重になる人は必ずいます。無理に説得するのではなく、共通のゴールを設定し、どこで考えが分かれているのかを丁寧に話し合うことが大切です。
ねこやなぎ その「クローズドな文化」というのは、社内だけでなく社外に対してもありますよね。
私も以前は「外に出ていく」という感覚が薄く、カンファレンスに誘われても断っていました。それでも、社内のスクラムマスターが根気強く誘ってくれたおかげで参加するようになり、意識が変わりました。
お互いに遠慮しているだけのケースも多いので、まずは「来てほしい」と明確に伝えることが突破口になると思います。
── では、開発チーム側が「人事ともっと連携したい」と思ったとき、具体的にどのようなアクションから始めるのが良いでしょうか。
鈴木 やはり対話から始めるのがいいと思います。何かを成し遂げることが目的で、そのための手段が連携です。そこには課題やビジョンがあるはずで、お互いにどうコミットしていくのか、どういう価値を出せるのかを話し合うことが大切です。
岩瀬 そう思います。実際に、現場からの働きかけが良い連携につながった例があります。
私の所属している会社は毎年新卒社員が多く入社しますが、彼らのバックグラウンドは多種多様です。以前は全員に同じ研修をしていたのですが、コンピュータサイエンスを学んできた人に「IPアドレスとは」みたいな話をすると、彼らには初歩的すぎて一気にモチベーションが下がるんですよね。
そこで、エンジニア組織の方から人事に働きかけて、専門性がある人には別の研修を行うなど、組織間で連携したケースがありました。
こうやって「困っていることがあるから相談に行く」というのが自然なんですよね。ただ、そのときに専門用語を使うと壁ができてしまうので注意が必要です。
「アジャイルにやりましょう」ではなく、「もっと仕事をうまくやりましょう」とか「この仕事をふりかえりませんか」といった提案がいいと思います。「可視化」と言わず、「仕事を洗い出しましょう」とか。

鈴木 フレームワークを押し付けられると抵抗感が生まれることもありますからね。あくまでも困りごとややりたいことをベースに提案して、気軽にできるんだという点を強調したほうがいいと思います。
ねこやなぎ 人事としては「アジャイルになろう」と言われたら逃げたくなるかもしれません(笑)。アジャイルを目的にするのではなく、共通の目的に向けて課題を解決したり相談に乗ったりする中でアジャイルの考え方が役に立つのがいいと思います。
── まずは体験してみることも大切ですね。もし人事担当者がアジャイルな働き方に興味を持ったら、何から始めるのがおすすめですか。
鈴木 素直に現場に「お仕事見せてください」とお願いするのがいいと思います。興味があると言われて悪い気がする人はいませんし、頼られるのはうれしいものです。基本的に会社では全員が味方ですから。
岩瀬 開発チームのサポートをしたいなら、丸一日使って観察するのがおすすめです。会話の様子などをずっと見ていると、多くのことを学べます。
ねこやなぎ 2週間くらい席を近くに移動して一緒に仕事をするのも効果的だと思います。
大切なのは人事と開発がお互いに理解しようとする姿勢
── 最後に、これからの人事と開発はどうあるべきか、現場の読者へのメッセージをお願いします。
ねこやなぎ 厳しい言い方になりますが、人事が現場や事業を知ろうとしていない問題は間違いなくあると思っています。
例えば採用一つとっても、「◯◯チームの採用」という言い方をして無意識に境界線を引いていることもあると思います。アジャイルうんぬんの前に、まずは泥臭く現場を知り、「自分たちの採用活動」という視点で自分事として考えられるようになることが大切だと自戒も込めて感じています。
岩瀬 これからは生成AIなどのテクノロジーも進化し、ワークスタイルもハイブリッドやリモートなど多様化していきます。そんな変化の激しい時代だからこそ、好奇心を持って勉強すると、人事はもっと面白い仕事になりますよ。
また、まずは「ちょっといいですか」と気軽に声をかけられるコネクションを作ることから始めてみてほしいですね。レバレッジも効くと思います。
鈴木 世の中は複雑化し、役割もどんどん変わっていきます。そんな中で大切なのは、「Do Agile(形式的な模倣)」ではなく、「Be Agile(アジャイルであれ)」というマインドの部分です。
分からないものを分かろうとする姿勢、価値を一律に決めない柔軟さ、そして自分が変化すること。 大事なのは一歩踏み込む勇気です。分からないことを知りたいと思ったら、恐れず直接話しましょう!

── 本日はありがとうございました。
取材・構成:山田井 ユウキ
編集・制作:はてな編集部
- 岩瀬義昌(いわせ・よしまさ) X: @iwashi86
- NTTドコモビジネスにてアジャイル開発、人事などの業務に従事後、現在はGenerative AI Project の Leaderを務める。『エンジニアのためのドキュメントライティング』『エンジニアリングリーダー ―技術組織を育てるリーダーシップとセルフマネジメント』等を翻訳。エンジニアに人気のポッドキャスト『fukabori.fm』も運営。
- 鈴木睦央(すずき・むつひさ)
- 2018年にエンジニアとしてSmartHRに入社。祖業である労務ドメインのプロダクト開発組織を統括するエンジニアリングマネージャーを経て、2023年人事に異動。2025年より人材開発部長を務めています。
- ねこやなぎ X: @totomaru1122
- 人事アセスメント事業者で営業を経験後、インターネット企業の人事担当として採用・育成・組織開発・労務まで幅広く関わる中でアジャイルに出会う。2025年7月より「人事図書館」にフルコミットのスタッフとして参画。現在は、広報、法人サポート、新規事業の拡大など、多岐にわたる業務を担っている。
主な登壇資料:https://speakerdeck.com/nekoyanagi
note:https://note.com/nekoyanagi1122