
ボトルネックを見つけて解消する。それで問題は解決するはずでした。
しかし実際には、別の場所にボトルネックが現れ続けます。その繰り返しの中で、問題はやがてコードや工程ではなく、「人と人の間」に移っていく。
TOC(制約理論)の考え方から出発し、複雑な組織における問題の捉え方と、「視点を動かす」という立ち振る舞いを掘り下げます。
ボトルネックを見つけたい
予算が足りない。時間がない。その割にやることが多過ぎる。
開発の現場で日々直面するこうした問題には、ある共通点があります。問題が「見えている」ということです。誰が見ても「ここが詰まっている」と分かる。テストが手作業で遅い。リリース手順が煩雑過ぎる。特定の人に作業が集中している。
こうした問題に対して、TOC(Theory of Constraints:制約理論)のアプローチはきわめて有効です。エリヤフ・ゴールドラット*1が『ザ・ゴール』で描いたのは、工場の生産ラインでボトルネックを見つけて解消する物語でした。システム全体のスループットは、一番遅い工程で決まる。だからその工程を見つけて、まずその能力を最大限に生かし、必要なら能力を引き上げる。
ザ・ゴール
ダイヤモンド社この考え方は、チームの中の問題にもよく当てはまります。情報が揃っていて、因果関係が見えていて、改善の手が打てる。スプリントの中で「今回のボトルネックはここだ」と特定して、次のスプリントで改善する。見えている問題を一つずつ潰していく。カンバンボードでフローを可視化し、WIP(仕掛かり作業)を制限し、累積フロー図で詰まりを見つける。これらは全て、ボトルネック解消の考え方を現場に持ち込むツールです。
実際に、これで解決する問題はたくさんあります。テストを自動化すれば速くなる。リリース手順を整理すれば手戻りが減る。作業の偏りを可視化すればボトルネックに労力を再分配できる。
ボトルネック解消は強力です。工程が十分に見える化され、問題が「見える」ならば、着実な改善が望めます。
ボトルネックが移動する
ボトルネックを見つけて直す。これは強力なアプローチです。実際に成果も出ます。ただ、現場でこれを繰り返していると、ある違和感に気付きます。ボトルネックを一つ直すと、別の場所にボトルネックが現れるのです。
ゴールドラットも「制約は移動する」と言っており、TOCの想定内であることは間違いありません。しかしさらなる問題があります。移動を繰り返しているうちに、だんだん技術的な領域から離れていくのです。コードレビューが遅いのを直したら、次はプロダクトオーナーの意思決定が遅い。それを直したら、今度は部門間の合意形成に時間がかかる。ボトルネックが「人と人の間」に移動していきます。
こうした問題について、RSGT2026のキーノートでデイブ・スノーデン(Dave Snowden)*2が話してくれました。
4つの点を線でつなぐと、そこから生まれるパターンは64通り。それが10の点になると? 35兆を超えます。人間の組織には、10どころではない数の「点」があります。もっともっと複雑になります。
「後知恵の恩恵で、因果関係の連鎖を見ることはできる。しかし後知恵は先見にはつながらない。学習にはつながるが、予測能力は与えない」。
これはボトルネック解消型のアプローチに対する本質的な問いかけかもしれません。工場の生産ラインであれば、点の数は限られています。ボトルネックを特定し、解消し、次のボトルネックに移る。因果関係を追いやすい。しかし、多くの人間が関わる組織では、点の数が桁違いに多くなります。因果関係を後からたどることはできても、「次にどこが詰まるか」を予測することが難しくなります。
もう一つ、スノーデンが紹介する印象的な実験があります。放射線科医にX線画像を見せて異常を探させます。最後の画像に、がん結節の48倍の大きさのゴリラの絵を入れる。83%の放射線科医がそれに気付きません。目は物理的にスキャンできているのに、です。これは「非注意性盲目」と呼ばれる現象で、人間は自分が予期しないものを見ないのです。
「正しい情報を与え、適切なトレーニングがあれば、正しい判断ができる」。これはある程度、秩序だった世界では正しいでしょう。しかし複雑な世界では、そもそも何を見るべきかが分からないのです。ボトルネック解消のアプローチは間違っていません。ただ、それが効く領域と効かない領域があります。
大規模なシステム障害に関する報告で「人為的ミスだった」という話を何度か聞いたことがあります。それはそうでしょう。人が運用しているのですから、人がミスをしたことに間違いはない。問題は「その状況は本質的に判断しやすいほど、分析できていたのだろうか?」ということではないでしょうか。
問題の種類が違う──工場から熱帯雨林へ
ボトルネック解消のアプローチが効く領域と効かない領域。この境界を理解するために、スノーデンが提唱するクネビン(Cynefin)モデルにおける、complicated(煩雑)とcomplex(複雑)の違いを整理しておきましょう。
同講演では、スノーデン自身が語源から説きほぐしてくれました。complicatedの語源は「折りたたまれたもの」。折りたたまれたものは、展開して、また折りたたむことができます。構造を変えずに分解と再組立ができる。
一方、complexの語源は「絡み合ったもの」。絡み合ったものは、ほどいて元通りに絡ませることができません。

工場の生産ラインは「折りたたまれた」システムでしょう。分解して、ボトルネックを見つけて、改善して、組み立て直せます。しかし、チームや組織は「絡み合った」システムです。経路依存性*3があります。分散した記憶があります。
例えば「変革への活動ビジョン」を発表すると、人々の脳裏に「過去に失敗した変革の記憶」が呼び起こされます。慎重に考えた、うまくいくはずの計画も、多くの人の心が複雑に絡み合う反応を引き起こします。同じ手順を踏んでも、出発点が違えば到達点も違う。
アジャイルの世界で有名な「Spotifyモデル*4」を導入しようとしても、それぞれの会社の状況は違うため、Spotifyのようにはなれません。これはSpotifyの人々が最初から言っていることです。
また、RSGT2023のキーノートでリサ・アドキンス(Lyssa Adkins)が提示した視点が、これを補完します。「ビジネスの世界全体が、組織を機械として見る考え方から、熱帯雨林として見る考え方へ移行しつつある」。熱帯雨林を「管理」しようとする発想がナンセンスであるように、組織もそうだ、と。
ただし、「組織の一部は機械として美しく動いており、それを変える必要はない」とも言います。全てが複雑というわけではありません。どの領域が機械的に扱えて、どの領域が複雑系なのかを見分けることが大事なのです。
スノーデンのクネビンフレームワーク*5はこの見分け方を提供してくれます。秩序ある領域では、因果関係が予測できます。複雑な領域では、全てが絡み合っています。後から振り返れば因果関係は見えますが、事前に予測はできません。ここでは経験主義で「次の正しいこと」をやるしかない。
スノーデンはこれを「Frozen 2(アナと雪の女王2)戦略」と呼んでいます。映画の中でアナが歌う「私にできるのは、次の正しいことをすることだけ」。それが複雑系への向き合い方です。
ここに、スクラムの本質的な価値があります。スノーデンの言葉を借りれば、「スクラムの大きな価値は、complex(複雑)でなくなりつつあるものをcomplicatedにする能力だ。(スクラムは) 複雑系のメソッドではなく、complexをcomplicatedにするメソッドだ」。
スクラムは複雑な現実を解消するのではなく、スプリントという短い期間で区切ることで、絡み合った現実をチームが扱える粒度に変換するのです。
リサが提唱した「アジャイルは変化を代謝する(=食べて自らの血肉にする)」というメタファーは、まさにこの変換プロセスを表しています。食べ物を歓迎するように変化を歓迎し、そこから栄養(学び・改善)を引き出す仕組みなのです。

しかし、ここで一つ見落としてはいけないことがあります。スノーデンはこうも釘を刺しています。「複雑性はランダム性ではない。複雑性を言い訳にして管理しないのはナンセンスだ。complex(複雑) は、ordered(秩序)よりはるかに多くの規律と厳密さを必要とする」。
熱帯雨林にしても、放置すれば勝手にうまくいくわけではありません。オオカミがいなくなればシカが増え過ぎて水が濁る。ビーバーがいなくなれば下流で洪水が起きる。生態系のバランスには、適切な構造と制約が必要なのです。
組織を一気に変えることはできません。でも、何もしないわけにもいかない。では、そのバランスをどうやって見つけるのか。
複雑な現場でどうするか──着眼大局、着手小局
ここまで見てきたように、問題が「人と人の間」に移動すると、ボトルネック解消のアプローチだけでは立ち行かなくなります。では、具体的にどんな問題がそれに当たるのでしょうか。
例えば、人の育成。新しいメンバーが一人前になるのに必要な時間は、マニュアルを整備すれば短縮できるでしょうか。もちろん、ある程度はそうでしょう。でも本当に効くのは、チームの中で安心して質問できる関係性だったり、先輩の判断を横で見て「なぜそうしたのか」を聞ける距離感だったりします。
例えば、他部署との協働。仕様の認識がずれていた。でもそのズレは、仕様書を精密にすれば防げたでしょうか。多くの場合、根っこにあるのは「あの部署が何を大事にしているか」を互いに知らないことです。
例えば、チーム全体の学習。個々のスキルアップではなく、チームとして判断の質が上がっていくプロセス。これはスプリントごとに計測できるものではありません。
これらの問題には、四十肩のような性質があります。四十肩・五十肩は、肩の関節だけの問題ではないそうです。身体中の筋膜が相互に引っ張り合い、その緊張の蓄積がある日、肩の痛みとして現れる。痛いのは肩ですが、原因は肩にはない。全身のつながりの中にあります。
分解した瞬間に壊れるもの
ここで、多くの組織がやってしまうことがあります。組織全体の成果を出したいから、全体目標を個人の目標に分解する。MBO(Management by Objectives:目標管理制度)やKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)への落とし込みです。まさに「折りたたまれたもの(complicated)」の世界観の延長です。全体を分解して、各部分を最適化すれば全体が最適化されるはずだ、と。
ところが実際に起きるのは、その逆です。個人目標を持った瞬間に「自分の目標に関係ないことはやらない」というインセンティブが生まれます。他のチームを助けても自分の評価には反映されない。部門間の協力は誰の目標にも書かれていないから、自然と後回しになる。組織として成果を出したいのに、管理の仕組みそのものが協業を殺してしまう。
スノーデンが紹介したIBMのエピソードが、これを象徴しています。IBMでは、スタッフへのピザの購入に48時間前の副社長承認が必要だったため、スタッフはロンドン中のタクシー運転手から白紙の領収書を集め、ピザ代の代わりに旅費として申請するようになったといいます。その実践は15年後もまだ続いていたそうです。システムを過度に制約すると、人は生き残るための回避策を見つけます。
では、制約を適切に緩めるとどうなるでしょうか。意思決定をチームや現場に委ね、権限を持ってもらう。すると人は自分で判断し、必要に応じて自然と協力し始めます。
RSGT2026のもう一つの基調講演、ビャーテ・ボグネス(Bjarte Bogsnes)*6の脱予算経営(Beyond Budgeting)の考え方はまさにこれで、細かく管理するのをやめて、目的を共有した上で現場に委ねる、ことを提案しています。

信頼貯金を育てる
ただし、ここで忘れてはいけないことがあります。権限を委譲すれば自動的に協力が生まれるわけではありません。協働関係は一朝一夕には育たないのです。
短期的には、チーム間で利害が衝突する場面もあるでしょう。リソースの取り合い、優先順位の対立、スケジュールの競合。それでも、中長期で見れば、お互いが一緒に貢献できるゴールがあるはずです。そこに目を向けるには、日々のやり取りの中で積み上げてきた信頼貯金が必要です。
将棋に「着眼大局、着手小局」という言葉があるそうです。大きな局面を見据えながら、打つ手は小さく。これは、複雑な組織の課題に向き合うときの姿勢そのものだと思います。スノーデンの「次の正しいことをする」も同じことを言っています。
組織の変革については、私が監訳した『Fearless Change』という本が大変詳しいです。組織に新しいアイデアを導入するために48個のパターンを紹介している本ですが、言ってしまえば、全ては着眼大局、着手小局に通じます。
Fearless Change
丸善出版予備調査(4)、小さな成功(2)、やってみる(17)、体験談の共有(32)、身近な支援者(35)、何か食べながら(9)……こうした細かなトライを積み重ねていきます(カッコ内数字は『Fearless Change』のパターン番号)。しかし、それをやろうとするエバンジェリスト(1)は自分が考えるゴールに向かって、できることは全てしましょう、と説いています。
育成の問題なら、まずペアワークを一つ試してみる。他部署との協働なら、相手チームのレトロスペクティブに1回参加させてもらう。チームの学習なら、スプリントレビューで「何を学んだか」を共有する時間を5分だけ作ってみる。
どれも小さなことです。でもスノーデンは言います。「人々が交流する方法を変えれば、考え方が変わる」。小さな行動の変化が、筋膜の緊張を少しずつほぐしていきます。四十肩は一晩では治りません。でも、毎日少しずつ動かすことで、確実に良くなっていく。
最初に紹介した「見えている問題」は、ボトルネックを見つけて直せばいい。しかしこのセクションで挙げたような「絡み合った問題」は、分解した瞬間に壊れます。だからこそ、大局を見据えながら、小さく試して、信頼貯金を少しずつ積み上げていく。それが、一歩先のアジャイルの姿かもしれません。
おわりに──視点を動かす
任天堂の宮本茂さんについて、岩田聡さんがこんなことを語っています。宮本さんは、自分のこだわるところではめちゃめちゃわがままである一方、はじめてそれを触る人がどう感じるかをものすごく冷静に見ている。お客さんに伝わっていないと分かったら、さっと引いて、別の考えをめぐらせる。
糸井重里さんはそれを「視点を動かすことに長けている」と表現しました。「虫メガネで見ていたかと思うと、地上一万メートルからもう一回見直してみたり」*7と。
岩田さんはこう続けています。普通は、一つのものの見方をすると、どんどん、そればかりに近づいてしまって、ものの見方の角度がなくなる。宮本さんはそうならない。そして「一つのことで複数の問題を解決するアイデア」は、近くで見ているだけでは見つからない。視点を動かすから気付けるのだ、と。
この記事では、TOCのボトルネック解消の話から始めて、複雑性の領域に話を広げ、その対策として、組織の中で信頼を育てよう、という話をしてきました。それぞれレイヤーの違う、別の話のようではありますが、根っこにあるのは共通する問いかけかもしれません。果たして、いま自分が見ている景色は、どの視点から見た景色なのでしょうか。
ボトルネックを直しても直しても問題が出てくるとき、必要なのは、もう一つボトルネックを見つけることではなく、別の視点から見直すことかもしれません。逆に、大きな話ばかりしていて手が動かないときは、視点をぐっと近くに持っていって、目の前の小さな一つの問題に集中することが突破口になるかもしれない。
大事なのは、どの視点が正しいかではなく、視点を動かせること自体なのだと思います。そしてそれは、宮本さんのような天才だけの特権ではないはずです。スプリントレトロスペクティブで「今回はうまくいかなかった」と認めてやり方を変えること。それも、視点を動かすことの一つの形ではないでしょうか。
一歩先のアジャイルとは、さまざまなフレームワークや理論を身に付けながらも、目の前の状況を見ながら、柔軟に「視点を動かす」ことなのではないかと思うのです。
皆さんは、どう思いますか?
編集・制作:はてな編集部
*1:イスラエルの物理学者。世界的なベストセラー『ザ・ゴール』の著者であり、TOC(制約理論)の提唱者。生産管理や組織マネジメントの分野に多大な影響を与えた
*2:複雑系科学の権威。意思決定の枠組み「クネビン(Cynefin)フレームワーク」の提唱者。複雑な状況下での戦略立案において、世界的な影響力を持つ
*3:過去の選択や出来事が、現在の状況や将来の選択肢に決定的な影響を与える性質
*4:音楽配信大手Spotify社が実践する、自律的なチーム構成(スクワッド、トライブ等)による組織モデル
*5:デイブ・スノーデンが提唱した、状況を「秩序」「煩雑」「複雑」「混沌」などの領域に分類する意思決定の枠組み。複雑な組織において問題の性質を見極め、適切なアプローチを選択するために用いられる
*6:固定的な予算管理を廃止する「脱予算経営(Beyond Budgeting)」の主唱者。現場への権限委譲による柔軟な経営モデルを実践
*7:岩田聡・糸井重里「宮本茂さんの特殊なところ」― ほぼ日刊イトイ新聞(2007年9月4日)
- 川口恭伸(かわぐち・やすのぶ) @kawaguti
- YesNoBut株式会社代表取締役社長、アギレルゴコンサルティング株式会社シニアアジャイルコーチ。金融情報サービス会社でWeb / DHTMLアプリケーション開発などを手がけるさなか、2008年にスクラムに出会い、チームを組成し、実践。その後、大小問わず多くの組織にアジャイルやスクラムの導入支援やコーチングを手がける。『Fearless Change』『ユーザーストーリーマッピング』監訳、『SCRUMMASTER THE BOOK』訳。スクラムのコミュニティ活動にも尽力。一般社団法人スクラムギャザリング東京実行委員会代表理事。
ブログ:kawaguti's diary